• 更新日:2023.11.13
  • 作成日:2023.02.06

実現したらどうなる? 誰が作るの? 宇宙エレベーターの建設構想とポテンシャル

少し前まではSFファンや宇宙工学の研究者にしか知られていなかった宇宙エレベーターですが、30年ほど前に軽量かつ強高度の素材が発見されたことで、にわかに現実味を帯びてきました。

宇宙エレベーターは地球と宇宙をケーブルでつなぎ、人やモノを運ぶ乗り物・クライマーで往復する近未来の交通システムです。
ロケットのような墜落や爆発の危険も、大気汚染の心配もありませんし、実現すれば宇宙開発は大きく飛躍し、一般市民も宇宙を訪れる機会が得られるかもしれません。*1-1

宇宙エレベーターについて様々な側面からみていきましょう。

現在までの道のり

まず、宇宙エレベーター構想の歴史についてみていきましょう。

構想の歴史と実現性の限界

宇宙エレベーターに近い構想は、今から100年以上前の19世紀末に生まれました。*2
後に「宇宙工学の父」と呼ばれる旧ソ連の科学者、コンスタンチン・ツィオルコフスキーが1895年に発表した論考の中で、赤道上にタワーを建てて昇っていくと、次第に重力が減少し、やがて重力が消失する空間に到達すると指摘しました。

これは赤道上空36,000キロメートルに位置する「静止軌道」です。この円軌道を1周回るための周期は24時間で、地球の自転周期と一致するため、この軌道上の衛星は地上から見上げるとまるで静止しているかのように見えます。
彼の構想はいわば「宇宙タワー」とも呼ぶべきものでした。

1960年になると、やはり旧ソ連のユーリ・アルツターノフが、地上からタワーを伸ばすのではなく、静止軌道上から地上に向けて伸ばすという大胆なアイデアを考案します。
これが今の宇宙エレベーター構想を産む契機となりました。

その後、アメリカのジェローム・ピアソンなど何人かの研究者が独自の宇宙エレベーター論を展開しましたが、その頃はまだ一般には知られていませんでした。

宇宙エレベーターが広く知られるようになったのは、アメリカのSF小説『楽園の泉』の影響です。著者のアーサー・C・クラークはピアソンから聞いた話を参考にして、宇宙エレベーターが存在する未来社会を描きました。

ところが、当時はその実現を阻む大きな問題がありました。どのような材料でも、数万キロの長さにして吊り下げると、その材料自体の重さで切れてしまうのです。
そのため、宇宙エレベーターは実現が難しい夢物語だと捉えられていました。

事態を一変させたカーボンナノチューブ

事態を一変させたのは、1991年に日本の物理学者・飯島澄男博士がカーボンナノチューブ(以下、「CNT」)を発見したことでした(図1)。*3

external_image

図1 単層カーボンナノチューブの分子構造

出所)NEDO「驚異の新素材、単層カーボンナノチューブ 世界初の量産工場が稼働」p.1

https://www.nedo.go.jp/hyoukabu/articles/201602cnt/pdf/cnt.pdf


CNTは直径が数ナノメートル(ナノは10億分の1)。その名の通り、炭素原子同士が蜂の巣状に結合し、チューブ状になった構造をしています。
単層のものと多層のものとがありますが、特に単層CNTは、軽量でありながら強度は鋼の20倍で、数万キロの長さになってもそれ自体の重さによる切断が生じない可能性がでてきました。

2000年、NASAの依頼でブラッドリー・エドワード博士が宇宙エレベーターの実現可能性について初めて体系的な研究を行いました。その結果は「十分な軽さと強さを持つ材料が開発されれば、宇宙エレベーターは建設可能である」という衝撃的なものでした。*1-2

CNTの発見とエドワード博士の研究によって、宇宙エレベーターは科学技術の研究対象として捉えられるようになったのです。*2

宇宙エレベーターがもたらすもの

宇宙エレベーターのメリットはなんといっても低コストであることです。

現在のロケットは重量のほとんどが燃料です。スペースシャトルが29tの貨物を低軌道に打ち上げるのに用いる燃料は1,900tです。*1-3
輸送コストは低軌道で1キロ約170万円で、日本のH2Aの場合は貨物1キロあたり105万円といわれています。

宇宙エレベーターのコストは現段階では試算が難しいのですが、一説によると、最初の宇宙エレベーターの建設に必要なコストは1兆円です。ただし、最初の宇宙エレベーターを利用して2基目の宇宙エレベーターを作る場合、そのコストは最初の場合より40%ほど削減できるといわれています。2機目を利用して3機目、3機目を利用して4機目というように建設コストを削減していくと、どこかで頭打ちになるとしても、1キロあたり約1,000円程度まで下がります。

また、現在の宇宙エレベーターのモデルではモーターなどを使って上昇することになっているためロケット燃料が不要で、20tほどの貨物を頻繁に上昇させることが可能です。仮に年間50回ほど上昇が可能なら、1 キロあたり1万円、年間100回だと5,000円になります。

もしこのとおりのコストが実現すれば、宇宙に低コストでアクセスできるようになり、人類が火星に進出することが可能になります。
火星の重力は地球の3分の1、月の重力は6分の1ですから、火星や月ではより低コストな宇宙エレベーターを建設することもできます。

この他にも、低コストの宇宙エレベーターは以下のようなことを可能にするといわれています。

● 日本が研究の最先端をゆく太陽発電衛星システムの構築とそれによるエネルギー問題の解決
● 宇宙遊覧や、宇宙ホテルへの滞在などの宇宙観光
● 無重力/低重力を利用した様々な実験、研究、産業

また、太陽系の惑星探査や資源採掘のための施設を建設することも可能ですし、一定の高さから宇宙船を放出することによって、地球からよりずっと簡単に他の惑星の軌道に入ることができるようになるとも予測されています。*4

このように、宇宙エレベーターは人類の宇宙時代に多くのメリットをもたらすと考えられています。

建設構想

次に宇宙エレベーターの建設構想についてみていきましょう。

原理

宇宙エレベーターの原理は非常にシンプルです。*1-1
上述の静止軌道に衛星を投入し、静止軌道から地上へ向けてケーブルを垂らすと、その分、地球側、つまり下の方がやや重くなり、そのままでは徐々に地球の重力に引かれて落下してしまいます。
そこで、反対側にもケーブルを伸ばしてバランスをとり、衛星が静止軌道の高度を維持して回り続けられるようにします。

次に、下向きのケーブルをさらに伸ばします。すると、また重さが偏るので再び反対側も伸ばします。

これを繰り返していくと、下に伸ばしたケーブルはやがて地上に到達し、地上と宇宙を結ぶ長い1本の紐になります。このケーブルに昇降機を取り付け、人や物資を輸送できるようにしたものが宇宙エレベーターなのです。

ただし、エレベーターといっても、私たちがビルの中で見るようなものではありません。もっとずっと巨大な、列車のようなもので、下の図2でみると、地球近くの太くなっている部分がクライマーです。*5

external_image

図2 構想中の宇宙エレベーター

出所)大林組「宇宙エレベーター建設構想」(『季刊大林』)

https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/detail/kikan_53_idea.html


クライマーには車輪が備えられていて、複数の車輪がテザー(カーボンナノチューブを撚り集めてワイヤー状にしたもの)をはさみ、摩擦の力を利用して昇っていきます。
井戸のつるべのように滑車の両側にクライマーをくくりつけ、片方が上がったら片方が下がるというやり方も検討されています。
今後、別のもっと画期的なアイデアがもたらされる可能性もあります。

全体構成と建設方法

下の図3は大林組の設計による宇宙エレベーターの全体構成です。*4
external_image

図3 宇宙エレベーターの全体構造

出所)大林組「宇宙エレベーター建設構想」(『季刊大林』)

https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/detail/kikan_53_idea.html

全長は96,000キロメートル。地球上の発着点がアース・ポートで、静止軌道上には最大規模の駅・静止軌道ステーションがあります。

建設は以下の手順で行います。

1. 工事に必要な材料を数回に分けてロケットで打ち上げ、低軌道上で建設用宇宙船を組み立てる。
2. 建設用宇宙船は、電気推進を利用して地球を周回しながら上昇し、静止軌道に到達して地球の自転と同じ速度で周り始める。
3. 建設用宇宙船が所定の位置に到達すると、先端にスラスター(推進機)を取り付けたケーブルを操りながら上昇。ロケット打ち上げから約8か月でケーブルが地表に達し、高度96,000キロメートルまで上昇した宇宙船はカウンターウエイトになる(重さの均衡がとれる)。
4. 工事用のクライマー(乗り物)が補強ケーブルを貼りつけながら上昇し、最上部でカウンターウエイトになる。約500回の補強を行ってケーブルが完成すると、重さ100tのクライマーが使えるようになる。
5. 完成したケーブルを使って静止軌道まで部材を運搬し、静止軌道ステーションを組み立てる。
6. 各施設を並行して建設する。

アース・ポート

地球上の発着場であるアース・ポートは、赤道上に、陸上と海上に分けて建設されます。
陸上部分は、宇宙エレベーターの監視施設、空港やホテル、宇宙開発に関係する企業の研究所や工場が集合した街になります。*4

陸上と海中トンネルで結ばれた海上施設は直径400メートルで、浮力で海に浮かんでいます。海上部分には、クライマー発着場、出発・到着ロビー、管理施設、格納庫、修理工場、倉庫、研究開発センターなど、アース・ポートの主要な施設が建設されます。
external_image
図4 アース・ポートの外観

出所)大林組「宇宙エレベーター建設構想」(『季刊大林』)

https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/detail/kikan_53_idea.html

静止軌道ステーション

静止軌道ステーションでは、大規模な宇宙太陽光発電や宇宙環境を生かした研究開発などを行うとともに、地球からの観光地としても利用されます。*4
このステーションはユニットを組み合わせた縦に長い形をしています。同じ形の基本ユニットを使うことで、輸送や組み立てを単純化し、拡張することや故障時の取り換えも容易になるよう設計されているのです。external_image

図5 静止ステーションの外観

出所)大林組「宇宙エレベーター建設構想」(『季刊大林』)

https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/detail/kikan_53_idea.html

国内外の動向と今後の展望

では、一体、宇宙エレベーターは誰が作るのでしょうか。

海外の動向

アメリカでは宇宙エレベーターの建設を目的とした会社(Liftport社)が設立されています。また、NASAは宇宙エレベーター建設に必要な技術開発を促すために、2005年から宇宙エレベーター競技会に数十万ドル以上の賞金を提供しています。
同様の動きはESA(欧州宇宙機関)でも始まっていて、2008年からのヨーロッパ版宇宙エレベーター競技会の準備が始まっています。*1-2

また、カナダのThoth Technology社は、空気注入式のセグメントを組み合わせた、高さ20km程度の宇宙エレベーターを計画していて、2015年には宇宙エレベーター「ThothX Tower」の特許を取得しています。*6

国内の動向

国内では、大林組が積極的に取り組みを進めています。
CNT製のケーブルやクライマー、静止軌道ステーションなどの開発や設計を行いながら、2025年にはアース・ポートの建設に着工し、2050年の静止軌道ステーション供用開始を想定しています(図6)。*2

external_image

図6 大林組の工期

出所)大林組「「宇宙エレベーター」建設構想」(PDF版)p.59

https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/upload/img/053_IDEA.pdf

誰が作るのか

では、宇宙エレベーターを作るのは誰なのでしょうか。

これは国連宇宙条約をどう解釈するかにもかかっています。*1-4
同条約第2条は、宇宙空間領有禁止原則を規定しています。天体を含む「宇宙空間」は、国家による領有権の対象とはならないというのです。この原則は、宇宙エレベーターを特定国が建設することを禁止しているとも解釈できます。
また、同条約では、国家にできないことを、その国の民間企業が行うことも禁じています。

以上のことから、宇宙エレベーターを建設できるのは、国際組織以外にあり得ないとする指摘があります。

別の観点からも、「宇宙エレベーターは、はじめから国際協力のもとに建造するのが望ましい」とする意見があります。*1-5
宇宙エレベーターは人類が本格的に宇宙に進出するためのゲートウェイであり、そこから宇宙に、地球上の覇権や紛争などのしがらみを持ち出すのは、賢明とはいえないからです。

宇宙エレベーターの実現に至るまでの技術開発や建設、そして運営そのものだけではなく、それらを誰が主体になってどのような体制で進めていくかにも注目する必要があるのです。

MAIL MAGAZINE

ビルに関わるすべての方に!ちょっと役に立つ情報を配信中

メール登録

参考サイト

*1-1
一般社団法人 宇宙エレベーター協会「初めての方へ──宇宙エレベーター早わかり>1.宇宙エレベーターを知っていますか?/ 2.仕組み」
https://www.jsea.jp/about-se/how-to-know-se-html

*1-2
一般社団法人 宇宙エレベーター協会「初めての方へ──宇宙エレベーター早わかり>3.エドワード博士の研究と海外の動向」
https://www.jsea.jp/about-se/what-is-spaceelevator-03.html

*1-3
一般社団法人 宇宙エレベーター協会「初めての方へ──宇宙エレベーター早わかり>4.宇宙エレベーターが人類にもたらすもの」
https://www.jsea.jp/about-se/what-is-spaceelevator-04.html

*1-4
一般社団法人 宇宙エレベーター協会「初めての方へ──宇宙エレベーター早わかり>宇宙エレベーターQ&A集>Q14 宇宙エレベーターは、法的には、誰が建設できるのですか?」
https://www.jsea.jp/about-se/what-is-spaceelevator-08.html/14.html

*1-5
一般社団法人 宇宙エレベーター協会「初めての方へ──宇宙エレベーター早わかり>宇宙エレベーターQ&A集>Q10 どこの国が最初に実現しそうでしょうか。」
https://www.jsea.jp/about-se/what-is-spaceelevator-08.html/10.html

*2
大林組「「宇宙エレベーター」建設構想」(PDF版)p.32, p.33, p.59
https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/upload/img/053_IDEA.pdf

*3
NEDO「驚異の新素材、単層カーボンナノチューブ 世界初の量産工場が稼働」p.1
https://www.nedo.go.jp/hyoukabu/articles/201602cnt/pdf/cnt.pdf

*4
大林組「宇宙エレベーター建設構想」(『季刊大林』)
https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/detail/kikan_53_idea.html

*5
WAOサイエンスパーク(青木義男)「宇宙と地上とを安全に結ぶ宇宙エレベーター SFの世界の乗り物が現実に向け動き出す」
http://s-park.wao.ne.jp/archives/792

*6
総務省「宇宙を拓くタスクフォース 報告書」p.28
https://www.soumu.go.jp/main_content/000624305.pdf


RANKING

ランキング