• 更新日:2023.04.19
  • 作成日:2023.03.10

オフィスビルを退去する賃借人の原状回復義務|対象範囲・契約上のポイントを弁護士が解説

オフィスビルの賃借人が退去する際には、自ら原状回復を行うか、または原状回復費用を負担する義務を負います。オーナー(賃貸人)側から見れば、賃借人に対して原状回復の実施を請求する権利があります。

ただし、すべての損耗・劣化が原状回復義務の対象になるわけではありません。一部の損耗・劣化については、原状回復の対象外となる点に注意が必要です。

今回はビルオーナーの視点から、ビル退去時における原状回復義務の対象範囲や、原状回復に関する契約上のポイントなどをまとめました。

ビルの原状回復に関する民法のルール

ビルを含む不動産の賃貸借については、民法621条において原状回復のルールが定められています。まずは、民法における原状回復のルールを確認しておきましょう。

原状回復が不要なもの

民法上、ビル(不動産)の賃貸借契約が終了した際に、賃借人による原状回復が不要とされているのは、以下の損耗・劣化などです。

・通常損耗

・経年変化

・賃借人に帰責性がないもの

通常損耗

・床のワックス跡

・設備などの設置に伴う床のへこみ

・電子機器を設置した箇所に生じた電気ヤケ

・壁に貼ったポスターなどの跡

・画鋲、ピンなどによってできた壁の穴

・エアコンを設置した際にできた壁のビス穴

・水回りに固着した汚れ

など

通常損耗については民法上、賃借人による原状回復は不要とされています。

経年変化

「経年変化」とは、年数の経過によって当然に生じる賃借物(建物)の変化を意味します。以下に挙げるものは、経年変化の一例です。

・日照による床や壁の変色、色落ち

・湿気による窓枠の傷み

など

経年変化についても民法上、賃借人による原状回復は不要とされています。

賃借人に帰責性がないもの

通常損耗・経年変化以外にも、賃借人の責に帰することができない事由によって生じた損傷については、民法に基づく原状回復義務の対象外とされています(民法621条但し書き)。

賃借人に帰責性がない損傷の典型例は、自然災害によるものです。

たとえば落雷・地震・台風などによる設備の故障は、賃貸人が修繕すべきものであり、賃借人は修繕義務を負いません(民法606条1項参照)。
それと同様に、自然災害による損傷は、賃借人が負う原状回復義務の対象外とされています。

原状回復が必要なもの

これに対して、賃借人の責めに帰すべき事由によって発生した損傷については、賃貸借契約の終了時において、賃借人が原状回復を行う必要があります。

たとえば以下の損傷は、賃借人が行うべき原状回復の対象です。

・入居、退去の作業中に生じた床や壁の傷

・床や壁の落書き

・賃借人の不注意による床や壁の変色、色落ち

・喫煙室として使っていた部屋のヤニや臭い

・壁のくぎ穴、ねじ穴

・クーラーからの水漏れによる壁の腐食

・造作を設置していた箇所の損傷

など

ビルの原状回復に関する特約の例

民法の原状回復に関するルールは「任意規定」と解されています。

任意規定とは、法律の規定のうち、契約によって異なる定めをすれば契約内容が優先されるものです。
したがって、不動産賃貸借契約において、民法とは異なる内容の原状回復に関する特約を定めておけば、民法の規定にかかわらず特約が適用されることになります。

特にビルの賃貸借契約においては、原状回復に関する特約が定められるケースが大半を占めている状況です。
一般消費者である個人が賃借する居住用不動産(マンションなど)に比べると、事業者が賃借人となるビルに関する原状回復特約の有効性は緩やかに認められます。

ビルの賃貸借契約においてよくある特約の例を見てみましょう。

通常損耗・経年変化の原状回復を義務付ける特約

民法の原則とは異なり、通常損耗や経年変化の原状回復についても、包括的に賃借人の義務とする特約です。

(例)

民法の規定にかかわらず、賃借人は、本契約の終了に伴い本物件から退去するに当たり、本物件について引渡し後に生じたすべての損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を含む。)を原状に復する義務を負う。

原状回復工事について、指定業者への委託を義務付ける特約

原状回復工事を、賃貸人の指定した業者に委託することを義務付ける特約もよく見られます。委託先としては、賃貸人の関連会社や取引先が指定されるのが一般的です。

(例)

1. 賃借人は、本契約の終了に伴い本物件から退去するに当たり、原状回復工事を○○株式会社に委託するものとする。

2. 前項の原状回復工事に要する費用は、賃借人の負担とする。

3.賃借人は、第1項に定める原状回復工事に関して○○株式会社から提示された見積もりを、合理的な理由なく拒否してはならない。

原状回復とは別途、クリーニング費用を負担させる特約

賃借人に原状回復工事を行わせつつ、それとは別にクリーニング費用も負担させる内容の特約です。クリーニング費用は実費精算とするか、またはあらかじめ金額を定めておくことが考えられます。

(例)

1. 賃借人は、本契約の終了に伴い本物件から退去するに当たり、本物件に生じた損傷を原状に復する義務を負う。

2. 賃貸人は、前項に基づく賃借人による原状回復の後、本物件のクリーニングを行ったうえで、その費用を合理的な範囲で、賃借人に対して請求することができる。


(例)

1. 賃借人は、本契約の終了に伴い本物件から退去するに当たり、本物件に生じた損傷を原状に復する義務を負う。

2. 前項の場合において、賃借人は、前項に基づく原状回復を行うことに加えて、本物件のクリーニング費用として、賃貸人に対して○万円を支払うものとする。

原状回復特約を定める場合、優越的地位の濫用に注意

ビルの原状回復特約は、民法に比べて賃貸人に有利となるケースが大半です。

賃貸人としては、当然ながら原状回復特約を定めておくことが望ましいのですが、その際「優越的地位の濫用」に注意しなければなりません。

優越的地位の濫用とは、取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に不利な取引を押し付ける行為です。
独占禁止法に基づき、「不公正な取引方法」として禁止されています(同法2条9項5号、19条)。

たとえば、ビル内で長年営業を続けてきたテナントに対して、契約更新のタイミングで過酷な原状回復特約を押し付けることは、優越的地位の濫用に当たる可能性が高いでしょう。
テナントにとっては、店舗の閉鎖・移転を行う負担が重いため、不当に不利な原状回復特約を受け入れざるを得ないと思われるからです。

優越的地位の濫用に当たる原状回復特約を定めた場合、公正取引委員会による排除措置命令等(同法20条1項)の対象となる可能性があるので、十分ご注意ください。

まとめ

ビル退去時の原状回復については、民法のルールにかかわらず、賃貸借契約で特約が定められるケースが多くなっています。
テナントが事業者であれば、特約の有効性は比較的認められやすいのですが、独占禁止法上の優越的地位の濫用には注意しなければなりません。ビルオーナーの方は、法規制の内容にも気を配りつつ、適正な内容でビル賃貸借契約を締結してください。

MAIL MAGAZINE

ビルに関わるすべての方に!ちょっと役に立つ情報を配信中

メール登録

この記事の著者

阿部 由羅

ゆら総合法律事務所代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。企業法務・ベンチャー支援・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。

RANKING

ランキング